ご挨拶
主任研究者よりのご挨拶
脳卒中啓発と学校教育
本研究班の主任研究者を務める峰松です。私が脳卒中の診療、研究、教育(人材育成)の道を選んでから35年が経ちました。この間、脳卒中の診断方や治療技術は驚くほど進歩しました。しかし、脳卒中制圧の道は遙か彼方です。これから先は、医療従事者や研究者だけではなく、皆さんと一緒に取り組まなければならないと思い始めました。そして、究極の方法として「学校教育」の場を借りるという発想に至りました。
医学雑誌である「日本医事新報」第4589号(2012年4月7日)の巻頭随筆「プラタナス」に「脳卒中啓発と学校教育」という一文を寄稿しました。それを再掲することで、主任研究者からの挨拶に代えさせて頂きます。
脳卒中(脳血管障害)は、国民死因の第4位、寝たきり原因の第1位です。本疾患は高齢者に多発するため、少子高齢化が急速に進行するわが国にとって、極めて深刻な疾病の一つです。近年、本疾患の診断・治療技術は劇的な進歩を遂げています。脳卒中ユニットでの組織的な急性期治療、血栓溶解薬t-PAを用いた超急性期治療などがその実例で、いずれもその有効性が実証されています。ただし、こうした進歩も、脳卒中発生現場と上手くリンクしなければ、運のいい人だけが恩恵を被る不公平医療になりかねなません。現実は厳しく、医療崩壊(偏在)の進行で、従来の医療レベルすら保てなくなる地域も出始めています。もともと脳卒中死亡率上位県の集中していた東日本を襲った今回の大震災は、この問題を一気に顕在化させつつあります。類似の問題は、都市部でも始まっています。
脳卒中医療の破局回避のためには、様々な手を早急に打つ必要があります。私が常務理事を務める日本脳卒中協会が中心となって「脳卒中対策基本法要綱案」が策定されました。その中で、対策の第一に「脳卒中予防と適切な初期対応に関する啓発」が上げられています。同協会では、脳卒中市民公開講座を全国各地で開催し、また公共広告機構(AC)の支援の下、テレビ、新聞等での脳卒中啓発キャンペーンも行っています。しかし、こうした啓発活動は一方通行であり、その効果、持続性には自ずと限界があります。
筆者は以前から、脳卒中などの重要疾患の啓発は、学校教育に組み込むべきではないかと考えて来ました。そこで、研究班を組織し、「学校での脳卒中啓発活動」に取り組んでいます。まず、京都精華大学の協力でマンガ・アニメ等を用いた啓発グッズを開発し、大阪府や大分県の私立中学で「脳卒中出前教室」を開きました。約1時間の授業でも、生徒はもちろん、家族の脳卒中知識が向上し、かつ数ヶ月以上持続しました。現在、コンピューターを利用した自己学習ツールを開発中で、国立循環器病研究センター所在地の吹田市や脳卒中死亡上位の栃木県の中学校で、本格的実証試験に取り組む計画です。
学習指導要領が改正され、2012年4月から中学校保健体育の授業の一環として「くすり教育」が新たに始まります。疾病・医療教育について、暖かい風が吹き始めています。道は遠いかもしれませんが、学校や教育委員会、文部科学省等のご理解、ご協力を得ながら、学校での脳卒中啓発について検討を重ねたいと思います。
道は遠いと思います。しかし、「愚公、山を移す」の気概を以て、取り組んで行きます。
平成27年 9月 1日
平成27年度 循環器病研究開発費
「義務教育年代への効果的な脳卒中啓発法の確立に関する研究」
主任研究者 峰松 一夫
国立循環器病研究センター 副院長